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盛岡地方裁判所 平成12年(行ウ)1号 判決 2000年7月14日

原告

右訴訟代理人弁護士

鈴木欽也

被告

盛岡税務署長 田澤耀友

右指定代理人

鳥居俊一

高橋藤人

菅弘美

多田英臣

苅宿日登志

山本富夫

阿部修

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求趣旨

1  被告が原告に対して平成九年二月五日付けでした原告の平成五年分所得税についての更正処分及び重加算税賦課決定処分をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  本案前の答弁

主文と同旨

三  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  被告の本案前の主張

1  不服申立前置の要件の欠缺

更正処分等の取消しを求める訴えを提起するには、国税通則法一一五条一項により、右処分についての異議申立てに対する決定及び審査請求に対する裁決を各々経ることが必要であり、国税に関する法律に基づき税務署長がした処分に不服のある者が、その処分をした税務署長に対して不服申立てを行う場合、その不服申立期間は、国税通則法七七条一項により、処分があったことを知った日の翌日から起算して二月以内にしなければならないとされている。

また、不服申立前置主義を定めている場合において、訴訟提起に先立って経由することを要する決定及び裁決とは、適法な不服申立てに基づく決定及び裁決であることを要し、不服申立てが不適法であるときは、不服申立前置の要件を具備したものと解することはできない。

本件訴えは、被告の原告に対する平成九年二月五日付けの更正処分及び重加算税賦課決定処分(以下、それぞれ「本件更正処分」、「本件重加算税賦課決定処分」といい、これらを併せて「本件各処分」という。)の取消しを求めるものであるところ、原告は、平成九年二月一三日、本件各処分に係る通知書(以下「本件通知書」という。)の送達を受け、右各処分があったことを知ったにもかかわらず、同年一〇月八日に異議申立書を提出しているのであるから、右申立ては右不服申立期間を徒過してなされた不適法なものである。

したがって、本件訴えは、国税通則法一一五条一項に定める訴訟要件を欠いており、不適法な訴えである。

2  出訴期間の徒過

取消訴訟は、処分があったことを知った日から三箇月以内に提起しなければならず(行政事件訴訟法一四条一項)、右期間は、処分につき審査請求をすることができる場合において、審査請求があったときは、その審査請求をした者については、これに対する裁決があったことを知った日から起算される(同条四項)。

本件において、原告の審査請求に対する国税不服審判所の裁決の裁決書謄本は、平成一〇年一月二六日に原告宛に郵送により送付されているから、右裁決書謄本はその頃原告に配達されたと考えられるところ、裁決書謄本が相手方に郵便で送達された場合には、特段の事情がない限り、相手方は配達を受けた日に裁決があったことを知ったものと推定すべきである。

したがって、本件訴えは、前記出訴期間を既に二年余も経過した後の平成一二年二月二二日に提起されたものであるから不適法である。

二  本案前の主張に対する原告の反論

被告は、本件通知書が、平成九年二月一三日に原告に送達された旨主張するが、原告はこれを受け取っていない。

また、本件の場合は、審査請求の前置は不要と解すべきである。

第三当事者の主張

一  請求原因

1  本件各処分等

(一) 原告は、被告に対し、平成六年三月一一日、平成五年分の所得について、別紙「課税の経過一覧表」(以下「別表」という。)<1>のとおりである旨申告した(以下「本件申告」という。)。

(二) 被告は、原告に対し、平成九年二月五日付けで、本件申告に係る原告の所得が別表<2>のとおりであるとして、本件各処分をした。

2  本件各処分の違法

(一) 原告は、その所有する別紙物件目録記載の各土地(以下「本件土地」という。)を、平成五年三月一日、自らが代表取締役となっているAに対し、代金五〇〇万円で売り渡し、Aは、右土地を、平成七年九月二二日、社団医療法人Bに対し、代金一億一九九一万九一〇七円で売り渡した。

(二) 原告は、Aの平成七年九月期決算に係る法人税の確定申告に際し、税理士と相談の上、本件土地が原告からAに譲渡され、さらにAからBに譲渡されたものとするか、あるいは原告から直接Bに譲渡されたものとするかは被告の判断に委ねることとしたところ、被告は、本件土地がAからBに譲渡されたものと認定した。

(三) Aは、平成七年一一月三〇日、本件土地の譲渡価格一億一九九一万九一〇七円から取得価格五〇〇万円及び必要経費一四一万六六六五円を控除した差額一億一三五〇万二四四二円を譲渡利益金額として計上し、平成七年九月期の法人税の確定申告を行った。

(四) 原告は、平成八年一〇月二九日、原告宅を訪れた盛岡税務署の上席調査官伊藤保巳(以下「伊藤上席調査官」という。)から、本件土地についてAに所有権移転登記手続を行った理由について尋ねられ、妻と離婚訴訟中であって本件土地に差押えがされることを危惧したためである旨答えた。

(五) 原告は、同年一一月八日、再度原告宅を訪れた伊藤上席調査官から、「個人の方で納めるように手続をしたほうがよい」として持参した下書きどおりの申立書を作成するように勧められたため、これに従って申立書を作成して同調査官に渡した。

その後、被告は、原告に対し、何の連絡もせずに本件各処分を行い、突然納付書を送付した。

(六) 原告は、右(一)ないし(五)のとおり、被告による事実上の行政作用を信頼して行動したにすぎないにもかかわらず、被告は、誠実、善良な市民の信頼を裏切って本件各処分を行ったものである。

3  よって、原告は、被告に対し、本件各処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2(一)  同2(一)は認める。

(二)  同(二)のうち、被告が、本件土地がAからBに譲渡されたものと認定したとの事実は否認し、その余は不知。

(三)  同(三)は認める。

なお、Aが申告を行ったのは、平成七年一一月二九日である。

(四)  同(四)は認める。

(五)  同(五)のうち、伊藤上席調査官が平成八年一一月八日に原告宅を訪れたこと、原告が申立書を作成して同調査官に渡したことは認め、その余は否認する。

(六)  同(六)は争う。

三  被告の主張

1  本件各処分の適法性

(一) 原告は、昭和五九年から本件土地をBにその敷地として貸し付けており、平成四年三月まではBの理事にも就任していたところ、原告は、Aとの間で本件土地の売買契約を締結し、平成五年三月一日の売買を原因として所有権移転登記手続を行い、Aから譲渡代金五〇〇万円を受領した。

しかしながら、右譲渡価格五〇〇万円は時価より著しく低額であるから、所得税法五九条一項の規定により時価で譲渡したものとみなされるため、被告は、本件土地を時価で算定した上で、原告の長期譲渡所得を算定し、また、併せて、原告が不動産所得に係る収入として申告していた右譲渡時以後のBからの本件土地の賃貸料収入は、本来Aに帰属するものであるから、右金額を原告の不動産所得の収入金額から減算した上、同類をAから原告に対する役員報酬の支払があったものと認定して原告の給与所得の収入金額に加算し、本件更正処分を行った。

(二) 原告は、平成六年二月二三日、依頼した税理士が盛岡税務署の職員から、Aとの売買について右(一)のとおり時価で譲渡したものとみなされる旨の説明を受けると、右売買を合意解除した事実がないにもかかわらず、「譲渡内容のお尋ね回答書」と題する書面を提出し、これに原告とAとの間の売買を取り消す旨記載するとともに、同様の趣旨を記載した平成六年三月九日付けの「売買契約の取り消しについて」と題する書面を被告に提出して(以下、右各書面を「本件各書面」という。)、右売買を合意解除したかのような対応をとり、原告の平成五年分の所得税の確定申告にあたって、本件土地の譲渡に係る所得を申告しなかったが、その後もAに対する移転登記の抹消登記手続等は行わなかった。

原告は、本件各書面を自己の譲渡所得に係る課税を免れるために提出したものであるから、右各書面の提出行為は、国税通則法六八条一項の「納税者が国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠蔽し、又は、仮装したところに基づき納税申告書を提出していたとき」に該当する。そこで、被告は、本件更正処分とともに、原告に対し、本件重加算税賦課決定処分を行った。

2  本件各処分の経緯について

(一) Aの法人税申告の際の経緯について

原告は、Aの平成七年九月期決算に係る法人税の確定申告に際して、被告が、本件土地がAからBに譲渡されたものと認定した旨主張する。

しかしながら、Aは、平成七年一一月二九日、自ら、Bとの間の本件土地の売買契約による譲渡益をAの平成七年九月期の決算に帰属するものとして申告を行ったものであり、これによりAの租税債務が単に一時的に確定したにすぎず、右申告以前に、被告が右譲渡益はA自身に帰属するものと認定したとか、右申告を確定させたという事実はなく、また、被告が右認定に基づいて何らかの課税処分を行ったということはない。

(二) 本件通知書について

原告は、被告が原告に対して何の連絡もせずに本件各処分を行い、また、原告が本件通知書を受け取っていないかのように主張する。

しかしながら、本件においては、平成八年一一月二八日、伊藤上席調査官が、原告を盛岡税務署に呼び、本件土地の譲渡は原告の平成五年分の譲渡である旨説明し、本件土地の譲渡価格は時価で譲渡したものと認定して、長期譲渡所得を計算し、修正申告のしょうようを行ったところ、原告がこれに応じなかったことから、被告は、平成九年二月五日付けで本件通知書を原告に送付したものであり、同通知書は同月一三日に原告に送達されている。

(三) 本件各処分に至るやりとりについて

原告は、平成八年一一月八日、伊藤上席調査官から、「個人の方で納めるように手続をしたほうがよい」として、持参した下書きどおりの申立書を作成するように勧められたため、これに従った旨主張し、結果的に、原告にとって税額が多く不利益となる処分を被告がしたことは、禁反言ないし信義誠実の原則に反し、違法である旨主張するようである。

しかしながら、伊藤上席調査官は、原告から説明を受けた本件土地の譲渡の理由等についてのメモ書きの内容について原告に確認を求めたに過ぎず、申立書の下書きを持参した事実はない。

また、租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、禁反言ないし信義則の法理の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしても、なお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、初めて右法理の適用の是非を考えるべきものであり、右特別の事情が存するかどうかの判断に当たっては、少なくとも、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼し、その信頼に基づいて行動したところ、後に右表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものであるかどうか、また、納税者が税務官庁の右表示を信頼し、その信頼に基づいて行動したことについて、納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかという点を考慮しなければならないところ、本件においては、被告が、原告に対し、本件土地を譲渡所有として原告に課税しない旨の、信頼の対象となる公的見解を表示したことはないし、原告は、適正な本件各処分がなされた結果、誤った確定申告に基づく税額より多くの税額を納めなければならなくなったに過ぎず、それが経済的不利益といえないことは明らかであり、また、原告は、前記のとおり、自ら本件各書面を提出して本件土地の譲渡所得の申告を行わなかったものであるから、本件各処分がなされたことについて帰責事由がある。

したがって、本件において信義則の適用を肯定する理由を見出すことはできない。

四  被告の主張に対する原告の認否

否認ないし争う。

五  原告の反論

1  Aの法人税申告の際の経緯について

被告は、Aの申告によって、Aの租税債務が単に一時的に確定したにすぎず、被告が、右譲渡益はA自身に帰属するものと認定したとか、右申告を確定させたいという事実はない旨主張するが、Aが、右申告に係る税額を納付するために約束手形を振り出し、仙台国税局においてこれを受領したことは、被告が右認定をしたことの証左である。

2  本件通知書について

原告は、伊藤上席調査官から、平成五年の所得について修正申告のしょうようをされたことはなく、本件通知書の送達も受けていない。

第四証拠関係

本件記録中の証拠関係目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一1  本件訴えの適法性について判断するに、本件訴えは、被告が原告に対し、平成九年二月五日付けでした原告の平成五年分所得税についての更正処分及び重加算税賦課決定処分の取消しを求めるものであるところ、このような税務署長がした処分に対して不服がある者は、国税通則法七五条一項一号により、その処分をした税務署長に対する異議申立てができるものとされており、さらに、同法七五条三項によれば、右異議申立て(法定の異議申立期間経過後にされたものその他その申立てが適法にされていないものを除く。)についての決定があった場合において、当該異議申立てをした者が当該決定を経た後の処分になお不服があるときは、その者は、国税不服審判所長に対して審査請求をすることができるとされ、同法一一五条一項によれば、このような審査請求をすることができる処分にあっては審査請求についての裁決を経た後でなければ訴えを提起することができないものとされている。

したがって、本件訴えが適法であるためには、法定の申立期間を遵守した適法な異議申立て及び審査請求をそれぞれ経ていることが必要となるところ、同法七七条一項によれば、不服申立ては、処分があったことを知った日(処分に係る通知を受けた場合には、その受けた日)の翌日から起算して二月以内にしなければならないものとされている。

ところで、証拠(乙五、一〇ないし一三)及び弁論の全趣旨によれば、本件において、被告は、平成九年二月四日、原告の平成五年分の所得税について、本税の額を二五九七万一四〇〇円、重加算税を九〇八万九五〇〇円とする旨の決裁を行い、同月五日、本件各処分の決議書と本件通知書とが一体となった書面に「個1第2564」と通し番号を付け、文書発送簿の発送月日欄に「9・2・5」と、記号番号欄に「2564」と、あて名欄に「甲」と、件名欄に「平成五年分所得税の更正通知書」と記載した上で、本件通知書が入った封筒を、原告の住所地に宛てて、盛岡中央郵便局において簡易書留郵便により発送し、盛岡中央郵便局では、配達担当員が右封筒を配達するために原告の住所地を訪れた際、不在であったことから、右封筒を同郵便局に留置していたところ、平成九年二月一三日、担当者が郵便物を受け取りに来た者に対し、配達証に甲の認印を押印してもらった上で右封筒を交付したことが認められるから、原告又は原告に代わってその家族等が右封筒を受領したものと推認され、同日原告が処分に係る通知を受けたものということができるところ、乙第六号証によれば、原告は、被告に対し、右同日の翌日から七か月以上も経過した同年一〇月八日に異議申立書を提出していることが認められる。したがって、右異議申立ては申立期間を徒過した不適法なものであり、本件訴えは適法な異議申立てを経ていないものといわざるを得ない。

なお、原告は、本件の場合は、審査請求の前置は不要と解すべきである旨主張するが、そのように解すべき根拠はなく、右主張は採用できない。

2  さらに、行政事件訴訟法一四条一項によれば、取消訴訟は、処分又は裁決があったことを知った日から三箇月以内に提起しなければならないものとされ、同条四項によれば、右期間は、処分につき審査請求をすることができる場合において、審査請求があったときは、その審査請求をした者については、これに対する裁決があったことを知った日から起算するものとされている。

ところで、証拠(乙八、九、一五の1、2)によれば、原告は、本件各処分について、平成九年一一月一二日、仙台国税不服審判所に対して審査請求を行ったこと、仙台国税不服審判所は、平成一〇年一月二三日、右審査請求をいずれも却下する裁決をし、その裁決書謄本を同月二六日に原告宛に書留郵便により送付していること、以上の事実が認められ、右事実によれば、右裁決書謄本は、右送付日に近接した日に原告に送達され、原告がこれを知ったものと推認するのが相当であり、この推認を覆すに足りる証拠はない。そして、本件訴えは、右裁決書謄本の送達から二年余を経過した後の平成一二年二月二二日に提起されたものであるから、これが前記出訴期間を大幅に徒過していることは明らかであり、この点でも本件訴えは不適法であるといわざるを得ない。

二  以上によれば、本件訴えはいずれも不適法であるから、これらを却下し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 栗栖勲 裁判官 細島秀勝 裁判官 大澤知子)

別紙

〔課税経緯一覧表〕

<省略>

物件目録

一 所在 岩手郡雫石町大字南畑第三二地割字南桝沢

地番

地目 宅地

地積 三五七五・五四平方メートル

二 所在 岩手郡雫石町大字南畑第三二地割字南桝沢

地番

地目 宅地

地積 二一三一・三三平方メートル

三 所在 岩手郡雫石町大字南畑第三二地割字南桝沢

地番

地目 雑種地

地積 二八六一平方メートル

四 所在 岩手郡雫石町大字南畑第三二地割字南桝沢

地番

地目 宅地

地積 四三七・二〇平方メートル

五 所在 岩手郡雫石町大字南畑第三二地割字南桝沢

地番

地目 宅地

地積 一七四四・〇〇平方メートル

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